2025年の訪日外客数は4,268万3,600人と初めて4,000万人を突破し、過去最高を更新しました(JNTO「訪日外客数(2025年12月推計値)」2026年1月発表)。旅行消費額も9兆4,559億円と過去最高です(観光庁「インバウンド消費動向調査」2025年暦年速報、2026年1月発表)。 この巨大市場に対し、訪日客が日常的に使うショート動画で「言語の壁」を越えてアプローチできるかどうかが、観光・飲食・小売・宿泊業の集客成果を分けます。本記事では、インバウンド向け動画の言語優先順位の決め方から、字幕多言語化の3方式の比較、制作手順チェックリスト、ROI試算までを実務目線で解説します。
インバウンド向け動画とは
インバウンド向け動画とは、訪日外国人旅行者を対象に、来店・予約・購買・体験申込などの行動を促すことを目的として制作・配信する動画コンテンツのことです。日本人向け動画との最大の違いは、(1)言語対応(字幕・音声)が前提になること、(2)旅行の検討段階(旅マエ・旅ナカ)に合わせた設計が要ること、(3)日本人には当たり前の情報(食券機の使い方、靴を脱ぐ場所、現金のみ等)こそが価値あるコンテンツになること、の3点です。
特にショート動画(YouTube ショート、Instagram リール、TikTok)は、スマートフォン1台で視聴が完結し、言語が完全にわからなくても映像で魅力が伝わるため、インバウンド集客との相性が良いフォーマットです。総務省「令和6年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書」(2025年公表)でも、日本国内の全年代利用率はYouTube 80.8%、LINE 91.1%と動画・SNSが生活インフラ化していることが示されていますが、この傾向は訪日客の母国でも同様であり、旅行先の情報収集はSNS・動画プラットフォーム上で行われるのが前提となっています。
JNTOデータで見るインバウンド市場の現在地
多言語対応の優先順位を決めるには、まず「どの国・地域から、どれだけの人が来て、いくら使っているか」を一次データで押さえる必要があります。
2025年の訪日外客数と消費額(国・地域別)
| 順位 | 国・地域 | 2025年訪日外客数 | 2025年旅行消費額 | 消費額構成比 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 韓国 | 945万9,600人 | 9,864億円 | 10.4% |
| 2 | 中国 | 909万6,300人 | 2兆26億円 | 21.2% |
| 3 | 台湾 | 676万3,400人 | 1兆2,110億円 | 12.8% |
| 4 | 米国 | 330万6,800人 | 1兆1,241億円 | 11.9% |
| 5 | 香港 | 251万7,300人 | 5,613億円 | 5.9% |
出典:訪日外客数はJNTO「訪日外客数(2025年12月推計値)」(2026年1月発表)、旅行消費額は観光庁「インバウンド消費動向調査」2025年暦年速報(2026年1月発表)
2025年の年間訪日外客数4,268万3,600人は前年比15.8%増で、調査対象23カ国・地域のうち20市場で年間過去最高を記録しました(JNTO、2026年1月発表)。消費面では、訪日外国人(一般客)の1人当たり旅行支出は22万9,000円(観光庁、同上)。費目別では宿泊費36.6%、買い物代27.0%、飲食費21.9%の順で、宿泊・小売・飲食のどの業種にとっても無視できない規模です。
この表から読み取るべきポイントは2つあります。第一に、人数では韓国が1位、消費額では中国が1位と、「来る人数」と「使う金額」の上位が一致しないこと。第二に、台湾と香港を合わせると928万人・1兆7,723億円に達し、繁体字中国語の市場が簡体字(中国本土)に匹敵する規模であることです。「中国語対応=簡体字だけ」という対応では、台湾・香港の旅行者を取りこぼします。
多言語対応の優先順位:4言語で上位市場をカバーする
上記データに基づくと、言語対応の基本セオリーは次の順序になります。
- 英語:米国(330万人)に加え、豪州・カナダ・英国・東南アジアの英語話者にも届く共通語。最優先で対応します。
- 韓国語:訪日外客数1位(945万人)。リピーター比率が高く、SNSでの拡散力も大きい市場です。
- 繁体字中国語:台湾+香港で928万人・消費1兆7,723億円。簡体字とは別物として用意します。
- 簡体字中国語:中国本土909万人・消費額1位(2兆26億円)。客単価の高さが魅力です。
ただしこれは全国平均のセオリーであり、実際には自店の商圏で順番を入れ替えるべきです。すでに来店している訪日客の国籍構成、Googleビジネスプロフィールに付いている外国語レビューの言語、自社SNSの海外からのアクセス比率を確認し、「すでに反応がある言語」から着手するのが、当社が中小企業の動画制作を支援してきた経験上、最も早く成果につながります。ゼロから新市場を開拓するより、既に興味を持ってくれている層の言語の壁を取り除くほうが、同じ制作費で得られるリターンが大きいためです。
字幕多言語化の3方式を比較する
多言語対応の実務は、大きく「焼き込み字幕」「クローズドキャプション(CC)」「多言語音声トラック(AI吹き替え)」の3方式に分かれます。それぞれ特性が異なるため、目的に応じて使い分けます。
| 方式 | 仕組み | メリット | デメリット | 向いているケース |
|---|---|---|---|---|
| 焼き込み字幕(ハードサブ) | 映像に字幕を直接焼き込み、言語別に動画を書き出す | 全プラットフォームで見え方が統一できる。デザイン自由度が高い | 1言語=1本になり管理本数が増える。修正時は再書き出しが必要 | ショート動画で言語別にアカウント・投稿を分ける運用 |
| クローズドキャプション(CC) | 字幕ファイル(SRT等)をアップロードし、視聴者側で言語を切替 | 1本の動画で多言語に対応。修正が容易。検索にも字幕テキストが活用される | 視聴者が字幕をオンにしないと表示されない。ショートではUI上見づらい場合がある | YouTubeの横型動画、解説系コンテンツ |
| 多言語音声トラック(AI吹き替え) | 1本の動画に複数言語音声を追加し、視聴者の言語設定で自動切替 | 追加撮影なしで音声ごと多言語化。視聴体験が母国語になる | 2025年9月時点ではYouTubeの通常動画が中心。音声品質の検収が必要 | ナレーション主体の観光紹介・施設案内動画 |
多言語音声トラックは、YouTubeが2023年から一部クリエイターで試験提供してきた機能で、2025年9月に数百万人のクリエイターへ提供が拡大されました(YouTube発表、2025年9月)。同発表によると、先行導入したクリエイターでは総視聴時間の25%以上が動画の主言語以外の言語で視聴されており、英国の料理人ジェイミー・オリバー氏のチャンネルは導入後に視聴回数が3倍になったと報告されています。観光・施設紹介のようなナレーション主体の動画では、撮り直しゼロで海外リーチを広げられる選択肢として検討する価値があります。
一方、ショート動画の実務では現在も焼き込み字幕が主軸です。ショートのUIは画面の下部と右側がボタン類で隠れるため、字幕は画面中央寄りの「セーフゾーン」に配置する、1画面の文字量を絞る、といった設計が必要になります。字幕の読み切れる速度には上限があり、例えばNetflixの字幕ガイドライン(Netflix Timed Text Style Guide)では日本語字幕は1秒4文字が目安とされています。翻訳すると文字量は言語によって1.2〜1.5倍程度に膨らむことが多いため、「日本語ではちょうど良かった字幕が、英語にしたら読み切れない」という事故が起こりがちです。翻訳後に表示時間を再調整する工程を、制作フローに組み込んでください。
旅マエ・旅ナカで変わる動画の役割
多言語対応と並ぶもう一つの設計軸が、旅行のフェーズです。訪日客は「旅マエ(出発前の計画段階)」と「旅ナカ(日本滞在中)」で、見たい情報も検索の仕方もまったく異なります。
旅マエ向けの動画は、行き先や体験を選んでもらうためのコンテンツです。視聴者は母国で、時間に余裕を持って動画を眺めています。「大阪で食べるべき5軒」「京都の桜はいつが見頃か」といった計画材料になるテーマが保存・シェアされやすく、英語や対象言語のハッシュタグ・キャプションを充実させて、検索とレコメンドの両方から発見される状態を作ります。投稿から来店までのリードタイムが数週間〜数ヶ月と長いため、季節需要(桜・紅葉・雪)はおおむね2〜3ヶ月前から仕込むのが目安です。
旅ナカ向けの動画は、いま日本にいる旅行者の「今日どこに行くか」を決めさせるコンテンツです。駅からの行き方、待ち時間、注文方法、支払い手段(現金のみか、クレジットカード・QR決済可か)といった、来店の最後のためらいを消す実用情報が刺さります。位置情報タグと地名ハッシュタグを付け、プロフィールのGoogleマップ・リンクまでの導線を短くすることで、視聴から数時間以内の来店につながるのがこのフェーズの特徴です。
当社の支援経験では、中小企業がまず成果を出しやすいのは旅ナカ向けです。旅マエ向けは観光地・自治体・大手メディアとの競争になりやすい一方、旅ナカ向けの「この店の使い方」情報は自社にしか作れず、競合が少ないためです。旅ナカ向けで国別の視聴データを蓄積し、反応の良い言語で旅マエ向けに広げる、という順序を推奨しています。
多言語ショート動画の作り方:実務チェックリスト
当社が中小企業のショート動画制作を支援してきた経験から、つまずきやすいポイントを含めて手順をチェックリスト化しました。上から順に進めれば、初めてでも抜け漏れなく多言語展開できます。
- ターゲット言語を決める:JNTOの国別データと自店の来店実態を照合し、まず1〜2言語に絞る(最初から4言語に手を広げない)
- テーマを「訪日客の困りごと」から選ぶ:行き方・注文方法・支払い方法・予約の要否・営業時間など、日本人には当たり前の情報が最も需要が高い
- 映像だけで7割伝わる構成にする:言語が読めなくても魅力が伝わるよう、料理・景観・体験のビジュアルを主役にする
- 日本語の元字幕を短く書く:翻訳で文字量が膨らむ前提で、1画面の情報量を絞る
- 機械翻訳→ネイティブチェックの2段構え:メニュー名・地名・固有名詞は誤訳が起きやすい箇所として重点確認する
- 字幕はセーフゾーンに配置する:ショートUIで隠れる画面下部・右側を避け、中央寄りに置く
- 表示時間を言語ごとに再調整する:翻訳後の文字量で読み切れるかを実機で確認する
- キャプション・ハッシュタグも翻訳する:本文に英語・対象言語の説明文と地名ハッシュタグ(#osaka #日本旅行 等)を入れ、発見面を広げる
- 行動導線を整える:プロフィールにGoogleマップへのリンク、多言語メニュー、予約手段を明記し、動画を見た直後に行動できる状態にする
- 国別の視聴データを毎月確認する:各プラットフォームのアナリティクスで視聴者の国・言語を確認し、翌月の言語配分に反映する
特に9番は見落とされがちです。動画がどれだけ再生されても、プロフィールから店の場所・予約方法にたどり着けなければ来店にはつながりません。動画単体ではなく「動画→プロフィール→地図・予約」の導線全体を多言語化することが、再生数を売上に変える分岐点です。
ROI試算:多言語ショート動画は何ヶ月で回収できるか
具体的な数字で投資判断をするための試算例を示します。前提はすべて仮定値であり、実際の成果は業種・立地・コンテンツ品質によって変わります。
前提(飲食店の例)
- 制作費:ショート動画1本150,000円(当社価格・税抜)+多言語字幕展開費(言語数に応じて別途)
- 動画経由の訪日客来店:月30組×2名=60名(仮定)
- 客単価:3,500円(仮定)
- 粗利率:60%(仮定)
計算
- 月間売上増:60名 × 3,500円 = 210,000円
- 月間粗利増:210,000円 × 60% = 126,000円
- 回収期間:150,000円 ÷ 126,000円 ≒ 約1.2ヶ月
ショート動画は投稿後も再生され続けるストック性があるため、1本の動画が数ヶ月にわたって来店を生むケースもあります。逆に、月60名という仮定が過大かどうかは商圏次第です。観光庁「インバウンド消費動向調査」(2025年暦年速報)では訪日客の費目別消費のうち飲食費は21.9%を占めており、1人当たり旅行支出22万9,000円から単純計算すると旅行全体で1人約5万円を飲食に使っています。訪日客が多く通る立地であれば、月60名は十分に現実的な水準です。自店の数字(客単価・粗利率・想定来店数)に置き換えて、この計算式で試算してみてください。
よくある失敗と対策
最後に、当社の支援経験で繰り返し見てきた失敗パターンを3つ挙げます。
失敗1:日本人向け動画をそのまま流用する。 日本語のテロップ・ナレーションだけの動画は、再生はされても行動につながりにくいのが実情です。字幕翻訳という一手間で成果が変わります。
失敗2:簡体字と繁体字を混同する。 中国本土は簡体字、台湾・香港は繁体字です。台湾の旅行者に簡体字字幕を見せるのは、相手市場への理解不足と受け取られかねません。前述の通り繁体字圏は928万人・1兆7,723億円(JNTO・観光庁、2026年1月発表)の市場であり、独立した言語対応として扱ってください。
失敗3:翻訳の検収工程を省く。 機械翻訳の出力をそのまま公開し、メニューの誤訳がSNSで指摘される——という事態は避けたいところです。ネイティブチェックの工程を制作フローに固定で組み込み、品質管理を徹底してください。
まとめ:今日やるべきこと
訪日外客数4,268万人・消費額9兆4,559億円(JNTO・観光庁、2026年1月発表)という市場は、もはや観光地だけのものではありません。今日からできるアクションは次の3つです。
- 自店の「外国語の反応」を棚卸しする:Googleビジネスプロフィールの外国語レビュー、SNSの海外アクセスを確認し、優先言語を1つ決める
- 既存のショート動画1本に英語字幕を付けて再投稿する:まず1本、小さく試して国別の視聴データを取る
- 制作フローをチェックリスト化する:本記事の10項目をベースに、翻訳検収まで含めた自社フローを作る
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